ルディカウスブルック 『西欧の植民地喪失と日本』

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日本兵が第二次大戦中にオランダやその植民地である東インドにおいておこなった植民や戦争をしかけ、その途上でその地に人民に対しておこなった殴打、移送、家宅捜査といったことについての当時のオランダのジャーナリズムやジャーナリストの言についての反論である。

その内容については、私たち日本人がきちんと認識してこれからの国際社会の舞台に立っていかなくてはならないことに違いはありません。



しかし、そのオランダのジャーナリズムによって歪曲して伝えられた日本の兵の内容については、あまりにセンセーショナルすぎかつ、一部分が歪曲されている観は否めません。


被植民の側からすれば、確かに日本の行ったことに対してことを大げさに言い伝えたくなることは頷けます。

しかし、ことさら大きく言い伝え、誇張され歪曲されて大衆に伝えられるのはやはり控えてもらいたくなるのはこちらの言い分としてもわかってもらいたいものです。


それでは真実にはなりえませんから。

だからといって、日本がしたことを無実といっているわけではないことは確認してもらいたいものです。

そのことについて私は日本人として認識していたいです。

この本の著者が、当時の日本に対する功罪については、できる限り公平になるように努めている姿勢については学ぶものがあると感心しました。

真のジャーナリズムたるもの、こういった姿勢こそが国際社会においてもっとも望ましいと思いました。


この著者は、当時のオランダのジャーナリストは、オランダが東インドに対して行ったことについては言及しないか、しても犯罪の意識が希薄なものであることについて批判しています。


そのことについては、私も批判したいです。

物には両面がありますから、その片面だけについて論ずるのは理に適っていないです。

私はもちろん、戦争を経験したわけではありませんから、日本兵によって自分や自分の肉親が暴行を受けたりした人たちの痛みはわかります、などというほど傲慢ではありません。


でも生身の人間ですから痛みもわかりますし、戦争における日本兵のように虐待、暴行、拿捕などの行為はとがめられなくてはいけないのはこころしたいです。

私がこの本を読みながら考えたのは、第二次世界大戦という戦争そのものがなぜ起きて、それに一般人が参加し他の国を侵略しなくてはいけなかったか?ということですね。



第二次世界大戦では、29年株価大暴落によって列強国がブロック経済をしいて他国との経済的な取引きを一切しなくなったのです。


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そのために日本は、第三国を植民地化し、資源を略奪するしかなかった。

それがエスカレートしていろんな国からの非難を浴び、それでもやめなかった日本は戦争に突き進むことになってしまったのです。


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戦闘員になった人たちは、その政策について無批判にその行動を遂行してしまったのは、今になって考えれば不思議なことと言わざるを得ないです。

こういった事例を引き合いに出されて、社会主義国からこのころに喧伝されていたのは、

「資本主義だから不況になったら、第三国を植民化しなくてはいけなくなるのだ。社会主義ならば、こういった植民地化などする必要はない。」

こういう議論です。

こういったことも鑑みられて、1945年以降の日本でも社会主義を信奉する人たちが多くいて、社会主義政党の票が多く集まっていて、自民党の次の第二の政党として社会党が大きな政党になっていたこともうなずけます。

しかし、社会主義は全部いいのかというとそんなことはなく、生産手段を全部国有化をして、国民はそこにただ働くことによってモノを生産するだけで裕福になれる、という社会主義のユートピアは登場することはなかったのです。

そういった生産方法がうまくいくのは、国民が全体的に物不足の時だけで、消費財がどの家庭にも行き届くようになった後は、また買ってもらえるように、「よりよいものをより安く」という技術革新を図られなくてはいけないが、社会主義国ではそれがなされず、多くの社会主義国では、いらないモノが溢れ、経済が立ち行かなくなり、91年についに社会主義国の超大国であったソビエトが解体されました。

1929年の世界的な株価大暴落の時とは違って、1987年の株価大暴落した、いわゆるブラックマンデーには経済の調節機能の向上で世界を巻き込むことはなかったのです。


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戦闘員になった人たちは、その政策について無批判にその行動を遂行してしまったことについて不思議、と先に書きましたが、当時は大衆操作が巧みにおこなわれていたのです。


その戦争の不条理さが喧伝されている現今の社会では想像はできませんが、第二次大戦当時の日本の現状をノンフィクション漫画で描いた『はだしのゲン』を読むと、当時の日本では国民誰もが戦争を称賛し、それに献身していたのがわかります。

戦争に反対するものなら、近所から相手にしてもらえなかったのだと知ったら驚きました。もうやだ〜(悲しい顔)

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『はだしのゲン』

そんな中でも、この漫画の主人公のゲンの父親は、戦争に反対し、そのせいで警察に捕まり、逮捕された後に拘置所で警官に竹刀で顔や全身をたたかれていたのが描写されています。

それでも、ゲンの父親は意思を曲げなかったのです。

意思を強く持つことの大事さを学びました。

これらのことからわかるのは、

これまでの世界経済史からの経験理論から、株価大暴落が起こっても、国が他の国を植民地化する必要がなくなった。


この『西洋の植民地喪失と日本』に描写されているように、植民政策とそれに伴う戦闘や戦争による悲惨さ。


そして、植民地化からの戦争につき進むことによって、その戦争によってどれほど国の領土や国民に被害が及ばされるかが幾多の記録で明らかになった。


そして、その被害のドキュメントが戦争への反対するための材料には充分にありうるし、それを自分が認識するための材料にはなりえます。

こういった類の本が、戦争反対の肉付けになるということがわかりました。


その肉付けをしていくために、こういった類のドキュメントを描写した本はいつまでも残っていなくてはいけないということがわかると思います。

そのことをこの本から学んでいただけたらと思います。
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西欧の植民地喪失と日本―オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所






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