レイ.オルデンバーグ 『サードプレイス』

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この著者がいう「サードプレイス」とは、人々が憩いの場を求めて集まり、そこでカフェ(飲み物全般)を愉しみながら、歓談し、友情や愛情を深める場のことです。


そこは単なる喫茶店や酒場ではなく、見ず知らずの人たちがいきなり会って話ができる場のことです。


そういう場が、アメリカではものすごく消えていっているということを憂えているのです。


そういう場が消えているのみならず、人々がそういう場に集まることなく、個人の家(アパートやマンション)にこもり、個人的な趣味に昂じることを遺憾に思っているその気分を吐露しているのです。


それのみか、企業の商品のマーケティングの手法も個人的な趣味に昂じるように傾ている傾向を指摘しているのです。


これは、やはり人と人が語り合い、心豊かな精神生活を送ることにものすごい価値を認めているのです。


その根源は、この著者の幼き頃の、そういった思い出にあるようです。


その思い出と、今のアメリカ都市部の人々の生活はかけ離れているからこそ、その思いを本にしたのでしょう。


これは、凄くいいことでしょう。


人間には2つのタイプがあって、1つは、人と心の交流をしていくことに生きがいを感じるタイプ。


もう1つは、人との心の交流には全く興味がなく、いくつになっても友人ができなくても全然心が咎めないタイプ。


この著者は、絶対に前者なのでしょう。


だからこそ、そういう場を喪失しているアメリカ都市部を憂えているのでしょう。


そういう理想的な「サードプレイス」の模範を、いろんな時代のイギリスフランスなどのカフェや井戸場を研究し、それの長所や短所を踏まえながら論を展開しているのです。


そういったサードプレイスがないことを憂慮してかどうか知りませんが、私が敬愛するアメリカのミュージシャンであるビリー.ジョエルは「ニューヨークは人の住む場所ではない」といって郊外に越した話があり、それが印象に残ってます。


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ビリー.ジョエル


いろんな理由があるでしょうが、そういう場のないことを憂えていたことも当然あったでしょう。


確かに「サードプレイス」の喪失は、人々の心を荒んだものにするでしょう。


人々が心の交流をしないことが、もの心が付いたときから当たり前になっていては、そういう生活を送ることが当然になり、寂しい公共の場になってしまうのでしょうね。


そうならないように、多くの人が「サードプレイス」を求めるようになってほしいものですね。


確かに日本でも都市部も、アメリカのようにサードプレイスが喪失していっていることは確かでしょう。


安定と贅沢を求めて地方の人たちがどんどん東京の都市部に集まってきています。


そうなると、交流の場のないアパートやマンションが多く建てられてしまい、ますます寂しい場になることは間違いないでしょう。


その「サードプレイス」を創造することは、政府の役目であるとも、一般市民の役目であるともこの本には書かれていません。

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そういう場ができるかどうかは、政府が率先して創る場合もあれば、市民がそういう場を求める動きがあまりにも大きいために必然的にできる、という場合もあるでしょう。


どちらにせよ、市民が欲しないことには、そういう場はできないことは確かでしょう。


そういうきっかけになればとの期待を込めて、この本の紹介を終わりにしたいと思います。


●この本は以下よりどうぞ!




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