ベルナール.スティグレール 『現勢化』

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フランスの「哲学者」という職であるベルナールスティグレールの著作になります。

スティグレール氏は、哲学は、神がかりの人だけの仕事なのかという問いに対して、それは違う、と言います。

誰もが深く考える能力を持っている。

だから誰もが哲学者であるといいます。

「すべての人に共通の天分である」といいます。

そうでしょうね。

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ベルナールスティグレール

しかし、一般人よりも秀でて、人前で哲学について話し、そしてこうやって本を著し、人を啓蒙するためには、単に考えるだけでなく、その内容に一般人とは違う高い品位がなくてはいけないのは言うまでもないでしょう。

家庭料理を作れる、だから一流のコックさんに誰もがなれる、というわけではないのは明白でしょう?

こういう偉業をやってのけるのは、やはりスティグレール氏が、哲学者という天職だといいことがいえるのではないでしょうか?


神から授かった能力ゆえと私は見るのです。

哲学とは何か、という定義づけについていろんな意見があります。

中島義道氏は、「哲学とは固有のテーマをひたすら言葉のみを信頼して、厳密にこれでもかこれでもかと議論していく能力である」と言います。

この本では、哲学=集団の中の個人の在り方の学問である、というように定義されています。

簡単なようでいて奥の深い問題です。

市民とは、社会をよくするために努力する人、ということですが、そこで疑問が出ています。

人はどう生きようが自由なのに、なぜ個人個人がバラバラで好きなことをやっているだけではいけないのか?

なぜ、市民性がないといけないのか?

ということですね。

かの有名なカレルヴァンウォルフレンは、日本における「市民の不在」を嘆いているのです。


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カレルヴァンウォルフレン

社会がよくなるようになぜ日本人は努力しないのか?ということですね。

このスティグレール氏は、フランス人ですが、ウォルフレンと同じヨーロッパ大陸の人間で、そのヨーロッパ大陸において、アリストテレスの哲学を当たり前のように学んでいることが分かりました。

そのアリストテレスは、そういった哲学を展開しているのです。


ゆえに、市民性があって当たり前なのか、という思いに捉われました。

私は、そういった市民性は大事と思います。

なぜなら、自分の住んでいる社会において問題は常に生起していくのです。

それをよき方向へもっていくのは当然ですし、そういう行動なくしては問題点は置き去りのままさらに悪化していくからです。

そういう視点を持てるためにはどうすればいいか?

やはり言論しかありません。

そのために本があるのだし、大学はじめいろんな学府が存在しているのだと思うのです。

だからそのために、私はいろんな本を読み、問題点を探り、そのために何をすればいいかを考えているのです。

スティグレール氏によれば、語ることが必然的におこなうことである、と言います。

これなくして哲学的言説がただのおしゃべりでしかない、と言います。


非常に至言ですね。

また、自分の生き方と自分の思想を互いに矛盾にならないように関連付けるのが重要といいます。

これも至言ですね。

また、スティグレールによれば、 「異常を経験することは哲学にとって欠かせません」と言います。

これは非常に私にとって目が覚める言葉でした。

先の定義によれば、「哲学=集団の中の個人の在り方の学問である」ということですから、自分の経験したことだけでなく、社会にはいろんな人がいて、その人たちを理解することは当然欠かせないわけですから、異常なことも経験しなくてはいけないのは当然ですね。


平々凡々の生活では哲学を語ることはできないのは言うまでもないでしょう。

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またスティグレール氏にとって哲学とは、単なる学問ではなく生きることに直結した営為であり、そして生きるとはまさに世界の中で他者とともに生きるということなのだから、こういう言説が出るのも当然ですね。

スティグレール氏の過去について、それを必要な過去、なくてはならない過去として受容し、そのことを信じて、それにこたえることでスティグレールはスティグレールたりえるというのです。

やはり社会が便利なふうになれば、必然的に市民性が薄れるのは、どの社会でも同じ普遍的なことです。

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スティグレール氏によれば、今起こっていることを感じ取ることができない。それゆえに自分たちが社会に属しているとはもう感じていない=「感性の被災地」「もはや世界ではないような世界」であると現代について嘆いています。


こういった哲学者と言われる人たちの使う言説や単語には、何気ないものであるけれども、読み進むうちに、そこから醸し出されるオーラに惹かれてつい考え、つい読み進めてしまうのですね。


そういう魅力によっていつの間にか何百ページも読んでしまう…こういう本を書ける、ということもまた非凡な哲学者だなあ、という気がします。

また、難解な言葉を使うことも、こういった哲学者と言われる人たちの特徴ですが、それが、考え進めてしまう、そして読み進めてしまう、そして全部でないにしても理解できる、ということであったらならば問題はありません。

しかし、あまりに難解すぎて読んでいてわけがわからない、というのであれば問題です。

私は、大哲学者と言われるハイデガー『形而上学入門』という本を読みましたが、あまりに難解すぎて意味が分かりませんでした。

最後まで読破しましたが、何が書いてあったかまるで覚えていないです(苦笑)

もうハイデガーを読むことはないでしょう。

スティグレール氏もこの本で何か所か難解な語を使っています。

「この死はある責務の遺贈である」と書いてあって、私は「…???」という感じでしたがまあいいです(笑)。

大筋において理解できるのだし、その難解な語が考え進める起点になるのならば問題はないと私は考えています。

この本は非常に奥の深い本であり、多くの人たちと心豊かに暮らしたい人にとっては読み進めていくうちにふくよかな余韻に浸ることができる本であると感じました。

その瞬間が至福の時間になると思います。


●この本は以下よりどうぞ。



現勢化―哲学という使命

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★その他、おすすめの本の紹介ページ

カレルヴァンウォルフレン  『いまだ人間を幸福にしない日本というシステム』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/404153213.html?1442740078

中島義道 『哲学者のいない国』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/415654689.html?1473602470

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