佐伯啓思 『自由と民主主義をもうやめる』

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この著者佐伯啓思は一貫して、保守主義の立場をとり続けている。



 保守主義とは何か?



 一概に言われている保守主義は、変化に対してこれまでの状態を維持して、変化を好まない態度を指すように感じられがちだが、そうではない。



 また、左翼嫌いの人、アメリカ追随主義者、自民党支持者、こういったひとたちを指すようにも取られがちであるが、そうではないと佐伯氏は言う。

これらのどれでもないという。



 保守とは、その国の歴史や文化から出発する思想であるという。



 それは、経済や政治の制度は、あくまで社会の土台に立っており、この「土台」は、歴史的条件、国の文化、人々の価値観と切り離せないのである。



 これを根本から変革するのは無理というものである。

 
 最近の日本のアメリカ追随主義を、佐伯氏は思想的に批判するのである。


 

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 歴史、文化が異なる日米が、根本的なところで価値を共有するのは無理、日本を混乱に貶めるだけだという。

 日本とアメリカは、表面的には、自由、民主主義、資本主義を共有していても、「目にみえない価値」までくると、相当に異なっている。



 とても、価値観を共有しているとはいえない、という。



 保守は、具体的な局面で、その国の歴史や文化に目を向ける。


 
 アメリカの進歩主義は、個人の自由を重視し、個人の欲望を解放し、一人一人が幸福を追求することを重視する。

そして、それらを実現し、すべてを解決するために、技術を徹底して利用しようとする。



それをつきつめれば、人間が、自分の行動を律する共通の規範や道徳を見失っていくのは当然である。



 内面の葛藤や、精神の苦闘などというものは影をひそめ、それに代わって自由を実現できないときには、ひたすら社会に対して不平、不満を述べ立てることになるであろう。


 
 社会の共通の規範が崩壊し、確かな価値が見失われる社会は、「ニヒリズム」と呼ぶのがふさわしく、今われわれの目前に展開されているのがまさに「ニヒリズム」であると佐伯氏は言っている。



 その「ニヒリズム」との戦いが保守主義に課された課題であるとも。



 近代文明は、価値規範の喪失、放縦なばかりの自由、窮屈なまでの人権主義や平等主義、飽く事なき物的富の追求、そして、刹那的な快楽の追求へと向かっている。



 それを、文明崩壊の兆候とみなし、食いとどめようとするのが、保守主義の役目なのだという。





 
 

ヨーロッパは、明治以降、日本が模範としてきた対象ではあるが、

 ヨーロッパは一方では民主主義を非常に重視するが、他方ではそれを警戒する。

環境においては、昔の自然をそのまま残そうとし、田園生活を大事にしている。



 都市と都市の間はほとんど田舎、森林地帯である。



 ヨーロッパでは、どんな学者でも、どっしりとした伝統の上で議論するという。



自分たちの思想が、ギリシャ・ローマ中世、ルネッサンスの遺産の上になりたつものであることを当然の大前提にして考える。



 
 ここで、保守的であるとは、




 見知らぬものよりも慣れ親しんだものを好むことであり、



 試みられたことないものよりも試みられたものを、



 神秘よりも事実を、



 可能なものよりも現実のものを、



 無制限のものよりも限度のあるものを、



 遠いものよりも近くにあるものを、



 有り余るものよりも足るだけのものを、



 完璧なものよりも重宝なものを、



 理想郷における至福よりも現在の笑いを、好むことである
」という、

 
 戦後を代表する思想家の言をとどめおいても損はないでしょう。




 なるほど、ここまで読むと、やはり思い出すのは、明治維新期の夏目漱石、森鴎外、永井荷風でしょう 。




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 これらの小説家は、この時代に西洋の政治の機構、思想、文化、風俗といったものがわんさかと入ってくることについて疑問を呈し、これまで築いてきた日本の文化的な土台が脅かされることを嘆き、日本のアイデンティティが崩れる事を危惧したことが、この3人の小説家を有名にした、ということを受験時代に学びました。



 アジアと西洋、この2つは相いれないものであってそれを野放図的に取り入れることをこの3人の小説家は危惧したのです。



 だからこの3人は有名になったのであって、素晴らしい小説を書いたからではないといいます。




 こういった世界のの流れだから、という理由で闇雲に国をそれに流すことは戒めなくてはなりませんし、そういう精神は忘れてはならないと思います。



何事も、良い面と悪い面が存在するのですから、その両方を吟味したうえですすめることが重要であることは言を待たないです。



そういう精神の重要さを、この本を読んで実感しました。



夏目漱石、森鴎外、永井荷風…この3人と佐伯啓思氏は、オーバーラップして見えてきます。



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佐伯啓思



私は、これまで佐伯氏の本をたくさん読んできました。



「読まなくては…」というのではなく、この人の新刊本の告知がなされると、自然と近所の書店に注文してしまうのです。



ですから、これまでの佐伯氏の本の研究結果が私にはありますから、「夏目漱石と佐伯啓思」あるいは「森鴎外と佐伯啓思」と言った題でブログを書く、あるいは本を書くこともできるのではないかなと正直思っています。



機会があったら書こうと思います。


 進歩主義が蔓延している現在の日本において、

 ひとびとの価値観とは、その国の歴史や文化を土台にして成り立っているのであるから、長い歴史のなかで積み重ねられた、日本的精神、考え方・感じ方、そして美意識を遡っていかなければならない
として150ページ以降、万葉集の昔から日本の思想史を洗いなおしている。


 
 佐伯啓思は、いつものことながら博学で、その博学ゆえの独自の分析頭脳をもって抽出された理論は明晰であるため、自分のなかでもやもやと漠然としたものが、佐伯氏の本を読むと端的となり、心晴れやかになって快感になり、いつも何時間も読み進めてしまうのである。



 進歩主義は飽くなきものの追求、刹那的な快楽主義になり、それが文明の崩壊の兆候とみなす。



 この視点は、本一冊を通して主張した彼の「現代民主主義の病理」と一緒である。

      
 
現代民主主義の病理―戦後日本をどう見るか (NHKブックス)



 なるほど、確かにその通りである。



 テレビ、ラジオ、インターネット、看板、中吊り広告その他いろいろな広告がいやがうえにも目に入ってきて、それを見た人間の世界ではめまぐるしく流行が変わり、それを追いかけて自分もいち早くそれを手に入れようと躍起になる。



 まわりにあわせるように気がいっぱいで休むひまもない。



 だが、流行が終わればたちまちの内にそれらは捨てられてしまう。



    そこには思想とよばれる領域の入り込む隙がない。



 また、モノが豊かになりすぎれば生きる気概もなくなってしまう。



 
 これを文明の崩壊といわずして何と言おうか?
 



 日本全国などといわずに、日本の都市人類といわれるひとたちには、悪い意味での進歩主義が蔓延していることは確かであると思う。



 その弊害をなくすためには国民が行動して是正していかなくてはならない。



 そのために、思想的に一助になる本であると思います!

















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