M.マルコヴィチ 『実践の弁証法』

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マルセルマルコヴィッチが、この本において、かつて1950年代ユーゴスラビアにおいて展開された社会主義の運動を書いています。

そこで書かれているのは、まずユーゴスラビア学派の意義です。

ユーゴスラビアは、かつてヒットラーと戦い、自らを解放しました。

そして、ソ連型の国権主義的社会主義とはことなった新しい型の社会主義、自主管理主義を模索し、発展させてきた。

この2点であるそうです。

右翼社会民主主義とスターリン主義とによって歪められてきたマルクス主義に対して、真のマルクス主義へと復帰すること、がユーゴスラビア学派の目的であったようです。

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いかにも宗教のような話ですね(笑)。

教祖の死後、そのあとを継いだ後継者が、その教祖の教えを忠実に守っていない、あるいは歪めて運用しているので、それに不満をもった人たちが、教祖の教えを忠実に運用していこうというような反対運動がおこるというような…なんかこんな宗教団体内の紛争みたいですね、社会主義国の思想の対立というのは…。


スターリンは、レーニンのあとをついだソ連の2代目最高指導者でしたが、その政策の内容について、ソ連を構成する共和国の数々で批判が起こったのです。

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スターリン

その批判の内容は、スターリンは人間の問題を排除し、「マルクスレーニン主義党」(官僚集団)が社会唯一の主体であるとし、国民は社会の客体になったとした、というのです。


ソ連共産党20回党大会で、徹底的なスターリン批判が繰り広げられたのです。

ユーゴスラビア、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアがマルクスルネッサンスを切り拓いたというのです。

その中でも、もっとも注目に値する成果をあげたのが、ユーゴの『プラクシス派』であり、徹底した反スターリン主義を打ち出した、というのです。

過去数百年の哲学的運動を自覚している哲学者たちの洞察と、知識をもってマルクスの諸理念をそれらの真実の意味へと復活させた、というのです。

マルクスが洞察した資本主義の弊を鋭く浮き上がらせたのは事実でしょう。

その著作が多くの人の心をとらえて、感銘を及ぼしたことも間違いはないでしょう。

資本主義の弊を暴き出すことによって、そのことの自覚をよびおこしたことも間違いはないでしょう。

しかし、マルクスが想定した「原始共産制」という社会はいわば理想であって、これまでの人類の歴史の中で、資本主義社会からまだ出現したという経験理論がないにも関わらず、社会をその状態に移行させようというのは妄想ではないかな、という気はしてきます。

私は、日本でも社会主義思想が蔓延していた時代の人間ではありませんが、もしその当時に生まれていても、おそらく社会主義にはハマらなかっただろうと思います。

経験理論がないのですから、その状態を目指そうという気は起らなかっただろうと思います。

でも、マルクスの思想では、学ぶところがあるので、部分的には受け入れただろうとは思いますが。

この本の著者であるペトロヴィチは、「スターリン主義哲学がマルクスの意味での人間をしめ出してしまう。」ということを書いています。

スターリン主義は、人格の自由、思想上の対決、公然たる批判、創造的マルクス主義の決定的な敵である、というのです。

マルクスの哲学的な関心事は、質物や精神の定義ではなく、人間の解放である、ということです。


しかし、スターリンはマルクス-エンゲルスの諸著作に含まれている哲学的諸見解を単純化し、歪曲し、硬化させてしまい、マルクス自身の哲学上の遺産にいたってはほとんど全く無視してしまったのだといいます。

別のページで、『スターリンのジェノサイド』という本を紹介しましたが、そこに書かれている社会主義国の惨状を目の当たりにして、「やはり社会主義はダメだ!」という見解が出た国もあれば、「いやマルクスの理念は間違ってはいない。マルクスの哲学を土台にして、違う社会主義を模索しよう!」という見解が出た国もあったでしょう。

後者の最たる例が、ユーゴスラビアだったのです。

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そこでは、官僚主義的国権主義と民主主義的自主管理の立場が対立し、哲学界では、スターリン主義的実証主義と創造的マルクス主義が対立していたようです。

実践的存在としての人間の疎外の諸現象を批判的に分析し、それらの疎外の止揚へと導く実践的道程を明らかにする批判的で革新的な哲学。

これが=本来のマルクス主義である、としています。

周知のようにこの国はもちろん、90年代の初頭において社会主義はいきづまり、それまで社会主義を標榜していた国は、そのシステムを捨てざるを得ませんでした。

ことは、ユーゴスラビアも同様です。

社会主義のシステムでは、経済的に上手く運営できない、ということが明らかになったのです。

スビクニューブレジンスキー『大いなる失敗』という本に端的に書かれているように、「この社会主義の失敗をこれからの人類の生活に生かしていかなくてはいけない」という教訓が得れたと思います。


この本を読んで思ったのは、思想を伝えることの難しさです。

マルクスは、人間の解放を目指していた、そのために社会主義という理想を掲げ、膨大な書物を書き、遺したのでした。

しかし、別のページで論じたように、ミッシェルフーコーは、

「18〜19世紀の人間たちは、人間社会を夢想して想像する能力があった。

共同体の成員として生きるとはどういうことか?さまざまな社会的な関係や人間関係とは何か?ということを考えていた。

イマジネーションが豊かであった。

しかし、こんにちはそういった精神が貧困である。

その原因がマルクス主義であり、その連鎖をいかに断ち切るかが私の課題であった。

といっています。

人類の解放をめざしてたのに、何故後の世になって、このようにマルクスの理想と、その理想にこんなにも隔たってしまったのか、という疑問が湧きます。

それは、これまでの私の研究から得た所見によりますと、

「マルクス主義が、人間の未来に対してもある真理の拘束力を波及させる予言的な科学」

になってしまった、ということではないかと思います。

マルクスという偉大な学者が言ったから間違いない、この人が言ったとおりにすれば必ず地上に楽園が誕生する、この人のいったことに対しては無批判でいい、というような教条主義が蔓延してしまったことによって、その楽園建設のためには、その内情を吟味することなく、その行為をなすことだけに精神を集中させてしまったのだと思います。

その結果、人の心は蔑ろにされてしまったのだと思います。

これをつぶさに見ていくと、宗教と同じような弊を社会主義には含んでいると感じました。

宗教は、人の心を重んじて、どのような豊かな精神的な生活を送るか、ということを主眼としていると思います。

しかし、その宗教に入った人は、その宗教内で言われていることは間違いない、絶対だ、という考えになりやすく、その内容の吟味はされることはまずありません。

そうなったら、 その宗教内で言われることに対して無批判になり、そこで言われていることをすることだけに集中され、人の心を蔑ろにされても構わなくなってしまうのです。

人との心の交流を目的に存在したにもかかわらず、その宗教で言われていることをすることが大事になり、人の心は蔑ろにされる…本来の目的から逸脱し、最悪の場合正反対の事態にまでなってしまう。

アメリカのヘヴィメタルシンガーであるマリリンマンソンは、厳格なカトリックの家庭で育てられましたが、幼少の頃その規律を少しでも逸脱する言動をしたら、とにかくきつい体罰を親からされた、と言います。

本来人の心を重んじるはずの宗教が…。

この弊は、社会主義のそれと一緒ですね?

そんな共通点を抽出すると、社会は面白いなと思いました。

やはり、社会主義にしろ宗教にしろ、その思想の中心となる思想家の言を学び、それを現実社会で実行していく、ということは一緒ですが、それで万事うまくいくはずはありません。

どんなカリスマ的な思想家であっても、その思想家の言った通りに現実の社会が運ぶわけはありません。

予言者ではないのですから。

ですから、その思想家の言ったことに感銘を受けるのは良いですが、ちょっと距離を置いて、「本当にこれで大丈夫かな?」「本当にこれは正しいのかな?」という疑いの心をもつことが大事だということです。

それが間違っていたら、毅然とした心で、修正を加えていく必要があるのです。

こんなモラルですから、社会主義思想がここ日本でも蔓延していた時代でも、私は社会主義の思想にはハマらなかっただろうと思います。


社会主義思想の中でも、「この部分はいいな!」と思う場面だけをピックアップして、それを自分のモラルの中に取り入れたと思います。

しかし、かつてアジア、アフリカ、中南米、ヨーロッパ、オセアニアという広い範囲で40か国以上で社会主義国は誕生しました。

その思想の根幹になったのは、間違いなくカールマルクスの著作物です。

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カールマルクス

これほど人の心を捉えた著作物はあるでしょうか?

おそらくないだろうと思います。

しかし、それだけカリスマ的な思想でも、その壮大な試みを成功に収めることはできずに失敗に終わったのです。

まさしく「大いなる失敗」であったのです。

その失敗の理由はたくさんありますが、その逐一を取り上げることはしません。

しかし、何ゆえにそんなにカリスマ的であったのか?

やはり、そのマルクスの著作物に、人を唸らせることが大いに書いてあったからだというのは間違いありません。

社会主義の試みは失敗に終わりましたが、その思想から学ぶべき点は多くあるのです。

たとえば累進課税とか、労働組合とかいったものは、社会主義から学んで取り入れられたものなのです。

ですから、社会主義のすべては悪だ、というモラルには私はなりません。

やはり部分的に取り入れて、社会を補強していく、というスタンスが望ましいと私は考えています。

そのマルクスの思想が取り入れられて、どのように展開されていったか。

それは、社会主義の中心国のロシアやその衛星国の旧ソビエトの国のを書かれているのが多いですが、東ヨーロッパのは少ないです。

その東ヨーロッパの社会主義の変遷を垣間見るのは、知的好奇心を満たす上で興味深いです!

そんな本としてこの本をお勧めしたいです。
  ↓


実践の弁証法 (1970年)

その他おススメ文献
  ↓
マルクス主義科学論

◆関連記事
ノーマン.ネイマーク『スターリンのジェノサイド』
http://hair-up3times.seesaa.net/article/384169055.html?1431864153












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