西村貞二 『歴史から何を学ぶか』

歴史をなぜ学ぶ必要があるのか、そんなことを日本の歴史を小学校で学び始めた時に思ったことでした。

過去の過ぎ去ったことを今更学んでなんの意味があるのだろう、というようなことですね。

やはりそれは大学にいってからも続きました。

しかし、それはいろんな本を読んでいけば明確にわかると思っていた私はその手の本を読みそしてわかることになったのです。

それは人類の重ねてきた事象を、現代に活かすということ一言に尽きるでしょう。

この本の冒頭には、ラ.ロシュフコー「人は決して自らが思うほど幸福でもなければ、不幸でもない。」という言葉から始まっています。

自分が不幸な境遇に立ち会った時に、なんて自分は不幸なんだと悲嘆にくれるでしょう。

しかし突き詰めて考えずに、一歩そこから突き放して、客観的に見る事が重要であるということを提唱しているのです。

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やはり歴史も同様なのです。

いいこともあれば悪いこともあるのです。

そんな視点を養うことの利点が歴史にはあるということです。

歴史を学べば、如何に現代が歴史的な世界や無数の事物に溢れているか、ということがわかるでしょう。

歴史を学ぶことで当然啓発もされるでしょう。

それは以前に紹介した谷沢栄一氏の『歴史が残してくれた日本人の誇り』のその詳細については書いてあります。

参考ページ
   ↓
谷沢栄一 『歴史が残してくれた日本人の誇り』についての紹介ページ


しかし歴史を見て勉強する時に、単なる文献だけを読みこなすのではだめでしょう。

そこに出てくる、人物の動機や目的に対する回想も伴わないことには。

非凡な人物は、その内容について後世に伝えようとして、更に現代への教訓、道徳的な政治的な判断を導き出そうとする意図があるのですから、そこに故意な歪曲が伴うのは致し方ないことでしょう。

しかし、そのような偉人や出来事があったということはやはり、現代の人たちを鼓舞するための非常に重要な材料になりますね。

このような歴史を学ぶことで、我々は過たないで済むのですから。

しかし、やはりどんな人類の社会が進歩しても万全ということはありえないわけですから、そこは注意が必要ですね。

90年代の初頭日本でのバブル崩壊は、やはり歴史を繰り返すという歴史的な教訓を忘れていた、いや正確にはその教訓をしきりに喧伝していた学者がいたにもかかわらず、それが全面に出ることを怠ってしまったのですね。

それゆえに、崩壊してしまった。

この教訓を活かすために、引き際を見据えて撤退していた人が損失をかぶらずに済み、それを知っていても撤退しなかった人やその教訓を知らなかった人が損害を被ったということですね。

何から何まで政府が面倒を見てくれるわけではないですから、こういった科学に関する本を多量に読んで、自分の仕事やビジネスに生かさないことには、なんのために科学を学んだの、ということになってしまいますから心していってほしいものです。

やはりその経験理論がそっくりそのまま現代に当てはまるわけではないですから、その詳細については詳細に渡る研究が大事でしょう。

例えば、かつては不況期にはケインズの提唱する公共事業によってこれを切り抜ける事ができましたが、今は当時の社会状況の詳細が違いますから、そっくりそのまま理論は通用しません。

しかし理念は有効なのですから、その理念を引き継ぎつつ、政策を推し進めればいいのです。

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   ケインズ


18世紀において、科学の発達によって視野が拡大されたのです。

内容が複雑化したのです。

そして19世紀においては「専門科学としての歴史学」が確立したのです。

やはり本をメインとする情報の量が隔絶的に増大したからでしょう。

それによって他の科学の助けを借りる必要が出てきたのですね。

しかしいくら科学が発達しても、過去の出来事についての完璧な判断や詳述などできませんし、それゆえに、歴史家の直観や空想力を働かす必要があるのでしょうね。

こういった歴史的な話になるとすぐに私が想起してしまうのはマルクスですね。

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    マルクス


この人の唱えた唯物史観は非常に分析力の優れたものでしたし、それゆえに多くの人をこの人の虜にしたことは間違いないですが、やはり今になって思うのは片手落ちな部分があるということですね。

いろんな批判があったのですが、気候についての詳察が全くなかったことに私は気づきました。

今の先進国の気候を見ると、やはり温暖で湿潤な気候の国であるということですね。

しかし、マルクスの思想の大幅な試みをした国でしかも失敗した国を見ると、どうもそういう温暖で湿潤なくにでないことに気づかざるをえないですね。

寒冷なくに、あるいはあまりに暑すぎる国では社会主義を取り入れてもうまくいかなかったのは明らかです。

やはりこういった国でも産業化や発展は可能ですが、温暖で湿潤なくににはかなわないのは明らかです。

やはり歴史を研究して、現代に活かすには、史観だけを金科玉条にしていては見えるものも見えなくなってしまうのですね。

こういったことも理由に、やはり歴史を論じる際には他の科学的な研究の不可欠性に気づかざるを得ないですね。

ゆえに、どの文系の大学でも、はじめの年度は専門の学問が少しでほとんど一般教養ばかりなのも頷けますね。

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歴史家であれば、その人の判断や意見、個性を確立するには、幅広い研究が必要なのです。

その歴史家の理論を確立するには、これだけは読んでなきゃいけないというような必須の本などないですし、どの本を読むかはその人の自由です。

そしてどれだけ読んでいればいい、どれだけ読まなくちゃいけないという基準もないですから、その研究者の自由です。

ですから、その研究者の思いれや熱意によってその度合は変わってくるでしょう。

まさに自由です。

その自由ゆえに、研究する人はものすごい研究し、しない人はほとんど他の本の抜き書きで終わりということにもなりえます。

私は、前者のような歴史家の本をこれからどんどんと読んでいきたいと思います。


そんなことをこの本を読んで思いました。

●この本は以下よりどうぞ!
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