矢野暢 『日本の南進と東南アジア』

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この本は、75年にかかれたものですが、非常に興味深い思いにさせられました。

やはりどんな本でも、学ぶものは多数あるのですね。

本を読むたびにそう思います(苦笑)

この本が書かれた時代前後には、東南アジアはどのように書かれていたか、どのような認識下にあったのか、がわかり好奇心が揺さぶられました。

明治期のアジアは、「理のない世界」ということを書かれていたそうですね。

「理のない世界」とは、猟奇の世界、奇習の世界ということですね。

ゆえに、侵略しようが征服しようが構わない、という認識だったようです。

ゆえに、東南アジアへの日本の政策はふしだらだったようです。

猛獣、毒蛇、裸の土民を連想し、ひどく不潔な土地柄を想像してしまうのが当然でしょうね。

今もそうですが南北という図式があり、は先進国、は途上国というように分けられてました。

南には、技術も文化も文明も存在しない、資源は豊富にあるが、ということでした。

旧帝国大学の系譜でも脱亜的風潮が闊歩していたようです。

しかし、SUPER JUNIOR、東方神起、少女時代といった今の韓流ブームを垣間見ると、時代の流れには驚くばかりですね。

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こういったアーティストは、日本のアーティストですらも達成しえなかったドーム公演まで成し遂げてしまうのですから…。

今も噂などの例からわかるように、当時の東南アジアの知識は、口承によるものだっただけに不完全、不正確、感情的なものにとどまっていたようですね。

これは心しないといけないでしょう。

異質文化の尊厳への敏感な感受性を取り戻すべし、ということでしょう。

並ながらこういった議論は大切という気がしますね。

20世紀中期東南アジアは近代化に着手しましたが、すぐに疲弊しました。

冷戦的な国際関係に寄生することで、政治的安定を獲得し、政治的近代化の目算を建てられたのだと、この本の著者である矢野暢氏は分析しています。

当時もいまも、日本は東南アジア産の食糧、農産物、原料の大口購入者です。

東南アジアの外交政策、決定過程が非常に閉鎖的で外交政策がごく少数の実力者による決定だったようですね。

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今もそうでしょう。

やはりアジア諸国の風土は政治的にも経済的にも困難である、ということは幾冊もの本を読めばおのずとわかるようになります。

気候がかなり暑い、過酷な土地柄や気候、識字率の低さ、それゆえの教育の不徹底、多言語によるコミュニケーションの不円滑性…こういった事が障壁になって経済発展が難しいということですね。

これは政治でも同様でしょう。

そういったことの詳細についても深く広く勉強していくことの重要性は誰もが認識しないといけないでしょう。

アジアの国の裕福な民族に生まれた人であれば、日本や欧米の先進国の言語を習得し、それらの国を対象とした機関や商業施設で働き大金を稼ぐことができるようになりますが、そうでない人たちは大金を手にすることは難しいですね。

所得の格差が広がってしまうのですね。

ですから普段何気なく行っている海外旅行でも、自分がそのアジアの国にいくことでどのような現象(経済的なものが主)が起きるのかといった事を考え探求しないといけませんね、理屈っぽいですが…(笑)

でもそういった事は重要と思うからこそ私はこの場で書いているのです。

矢野暢氏東南アジアの人々の発想や、思惟を縛る法則を学ぶことで円滑に思考することができるとしているのです。

日本人は東南アジアをいまだ性悪と規定し、場末と考えていると不満を書いています。

それに東南アジアは、多様性であることを心の前提にすることがいいでしょう、そのことを矢野氏も書いています。

「特定の地域に焦眉の課題性、あるいは病理をみる事こそ前提にするのがいい」と研究を重ねられた学者ならではの奥深い理論を展開されています。

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日本のような多民族でも、多言語でもない国においてはそういった障壁がないですが、いつも不参加であるとか、政治に関する無関心の人が多くなっては、このようなアジアでの障壁と同じことが起こるとまでは急進的なことは言いませんが、そのマイナス点については認識しておかないとダメでしょう。

こういった事を読むと、やはり政治参加をすることの重要性を今も認識する必要があるでしょう。

こういった国では、多民族、多言語といったことが障壁になってコミュニケーションが円滑にならないのですね。

ゆえに統治もスムーズにいかない。

こういった障壁のほとんどない日本を含む先進国は、そういった国々に対する理解力を持たないといけないでしょう。

全体的な構造的な把握が大事ということですね。

こういった国々の社会学、文化人類学、心理学の勉強はもちろん、伝統的なコミュニケーション機能が、国の近代化を左右すると矢野氏は書いていますが、その通りでしょう。

それを歴史的に古くさかのぼって背景を探る必要性、政治構造の成り立ちについての政治社会学的な分析も必要とまで書いています。

タイの政治についても造詣のある矢野氏によれば、文盲率は5割から2割に当時少なくなっていったようですが、やはりそれでもそん状態では政治的には良くないでしょう。

西洋的な政治観で言えば。

それゆえに、無断工作の敢行が存続していたようですね。

政治哲学は効率的に縛りえなかったということですね。

ゆえに、強権的な制度的措置が有効だったようですね。

アジアは概して、カリスマ的な英雄が出て専制支配的政治文化が育つのが当然のようですね、それが今も存続しているのが現代でも同様でしょう。

軍部独裁ですね。

しかし、これは先進国の目で見れば、けしからなく映るでしょうが、これも精神国風に作り変えるべしなのかどうかは誰にもわかりませんね。

こういったアジア社会のこれからの展望に対して、実に考えさせられる問題ですね。

研究の余地がかなりの程度ですがありますね。

文盲率にくわえ特殊方言しか話さない民族が多い、ゆえに選挙が難しい。

制度的尊厳が認識されていないがゆえに、選挙権なし、そしてボイコットする反体制集団の勃興、そして不正選挙などの横行…こういった事を均すには多大な困難が待ち構えていることは明白ですね。

地球市民として考え探求していきましょう。

●この本は以下よりどうぞ!
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日本の「南進」と東南アジア (1975年)

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