ロジェシュー 『第四次経済の時代』

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この本は実に目の覚める本でした。

生活費を稼ぐ。

こういうとどうしても企業に入って就職するとか、アルバイトをするという概念が日本人は強いですが、フランスでは必ずしもそうではないのですね。

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また、景気を回復させる、というとどうしても官庁の仕事、という概念がこれまた日本では強いですが、西欧では、市民の役目でもあるという概念が強いのだそうです。

そういう事をかたった私の敬愛するオランダ人ジャーナリストであるカレル.ヴァン.ウォルフレン氏が某新聞紙上で語っているのを読んで、「そうなんだ!確かに日本ではそういう概念がないわ。」と目が覚めたものです。

そうですね。

企業、会社に入って仕事をし、給料をもらう。

あるいは官庁を作り、国の行政を行う。

こういったことはこんにちでは当たり前ですが、そういった概念はここ数百年いやもっと短い期間の概念であって、人類ができてから当たり前にあったものではないのですから。

ここでいう「第4次経済」とは、農業(第1次)、工業(第2次),サービス(第3次)に次ぐ概念として登場している概念です。

また西洋、この著者の国はフランスですが、そのフランスでは、やはり日本とは違う概念のモノがあります。

それは労働ですね。

労働は、フランス語ではtravailといい、これは拷問を意味するtortureからきているのを知りました。

それくらいフランス人の間では、好意に受け取られていません。

日本では、過労死といった言葉もあり、中には趣味=仕事という人も珍しくありません。

フランス人の間ではそういう事は信じがたく、仕事が終わっていようと、いなくても構わず、仕事を終え、家庭に帰り、家族との団らん、友人との交友、趣味に没頭するのだそうです。

こういった事を日本の企業でしていたら、クビにはならなくても、いい目で見られることはないですね。

それに日本では土日出勤なんていうのは当たりまえですね。

そういう国民性だからこそ、フランスをはじめ欧州では失業率が10%なんて言うのはざらなのですね。

それに、仕事をする時間が短いからこそ、こんにちの経済的地位を築くのに欧州は何百年もかかったのに対し、日本は明治から100年足らずで経済大国になったのですね。

ゆえに、そんなに仕事に重きを置く国とそうでない国では、比較の舞台が若干違いますが、でもこれからの日本の参考になると思い、この本を紹介しようと思いました。

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この著者のロジェシュー氏は、労働から解放された時間は情報、教育、自己実現、家族活動、社会活動、個人的生産のための時間になりうる。

そして、これらの時間の総体は、フランスのGNPの110~120%に相当するということを発見したのですね。

これこそが、第4次部門になりうるということですね。

それが「参加と連携」の活動というのです。

慈善活動として扱われていない場所が、社会的ハンディを負った者を押し込め、治療する部門として扱われていない場に出現しているのだというのです。

これに所得を割り振る必要があるというのです。

やはり世界的傾向の波に巻き込まれ、フランスではPCの普及や従業員の削減により、フルタイム労働は、全体の55%だったようです。

不完全雇用の時代ですね。

こんにちはAIの普及で更にその傾向が強まるでしょう。

日本も例外ではありません。

しかし、この数値を見て、これは酷いと思いがちになりますが、それは、企業に入って働くのが唯一の金を得る手段という概念でいる人でしょう。

しかし、詳細を見てみるとそうではないのです。

パートタイム労働はより収益性が高く、より業績を上げているのだそうです。

欠勤率もフルタイム労働よりも低いのだそうです。

これは目の覚める数値ではないでしょうか?

労働=拷問という語源であるフランスならではの国民性であるからこそ、こういう事が起こるのでしょうか?

自分の時間を大切にして生活重視の国民だからこそ、こういう事象が起こるのでしょうか?

それが本当なら、日本ではこういうことは起こりにくいでしょうね。

フランスでは、労働は家庭、友情、個人的開花といった諸価値よりはるか後方に置かれているのだそうです。

またロジェシュー氏は、企業の第一の機能は、富を創出することであり、雇用を創出することではないといっています。

私もこの論に賛意を表します。

官庁や企業は万能の手段ではないですし、そういった機能の一部を担っているだけという概念である方が、妥当でしょう。

また市場経済におけるすべての努力、すべての支援は企業業績を向上させ、省力化の傾向を促進しなければならないとも言っています。

事の概念や定義は、時代や人によって変わってくるものであり、一定のものではないです。

しかし、このロジェシュー氏の定義には、この著書が書かれてから20年近くがたっていますが、いまだに説得力がありますね。

また、経済政策も、いつの時代にも妥当するものではないのはまたいうまでもないことですね。

大量失業の回避は、労働時間の短縮で回避できたのですが、技術革新の向上で有効性がなくなっているのです。

そこで有効な概念が出てくるのです。

ボランティアは、個人的な自由な投資、自立性、特殊能力の活用として成り立つのです。

やはり企業や官庁は万能の手段ではないですし、一番先に書いたウォルフレン氏の某新聞上での言葉を思い出します。

「景気を回復させる、のは西欧では、市民の役目でもある」

という言葉ですね。

これは何も大量失業回避や景気回復といった経済的な活動のみならずいろんな活動においても重要な概念である気がしますね。


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カレル.ヴァン.ウォルフレン


普通に企業に入って働きお金を得る。

これでは、賃金労働者は専門能力がほとんど認知されず全くわずかしか価値化されていないのだそうです。

これは瞠目に値する認識眼ではないでしょうか?

この著者が実際にサラリーマンを経験し、そのことから割り出した事実なのでしょうが、やはりこういう不実なことは私も感じますし、地位が上がったところで、ほとんど評価されずに賃金も上昇しない。

これは私が勤めた場だけで断定するのは間違いでしょうが、そういう認識のある人は、違う職場を探すか、そういう自分の力が認知される場を探すべきでしょう。

この著者が新たに提示する「第4次部門」とは、「専門能力の生産部門」を独立した生産部門として認知し、拡大し、定式化すれば、そこから大いなる利益が生み出されるといいます。

企業への就職は、フランス人の専門能力を習得し、開発するチャンスが奪われるといいます。

これら社会的需要こそが新しい発展の中核になり、経済全体の成長と個々人の福祉のための素晴らしい鉱脈であるのだそうです。

やはりフランスのみならず、世界的な傾向として、すべて必要物資がほぼ国民全体にいきわたり、モノ余り減少が続いているがために、政府のお金が不足しているのは頷けます。

そういった中でいかにモノを売るか、という従来のスタンスでは発展できない。

ゆえに福祉にもお金が回しづらくなる。

そのような趨勢の中で、こういった新たな部門を確立することで、大きな需要を見込めるということですね。

これには、従来の雇用や労働しか思いつかない人には、瞠目すべき視点に感じるのではないでしょうか?

私もそうですし、やはり政府や企業は万能の機関ではありませんから、市民が立ち上がってこういうものを自主的に作り上げる必要は前から感じました。

それを見事に論じあげたのがこの本であると思った次第ですね。

それは具体的には、公的資金の一部や予算節減の一部が、この種の需要をサービスに適した部門に移行すべきだ、ということをいっています。

経済の法則を完全に把握はしなくとも、全体的な高学歴化により、賢くなった消費者は買いたくもない商品に無理やりお金を出すこともないでしょう。

物質的生産、商品生産のための市場経済が今や雇用以上の失業を作り出しているのです。

これは、まだ実現されたかどうかあいまいな部門ですが、ゆえに抽象的なニュアンスを感じる人がいても不思議ではないですが、これからの経済を考えるについて非常に参考になる考えや認識された論が盛り込まれているように感じます。

ピンときた人には是非とも読んでほしい本ですし、これがこれからの経済の行方を占う場では、非常に強烈な衝撃を受ける本だと思います。

ことは日本であれ。

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