碧海純一 『ラッセル』

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ラッセルという学者は、1つの領域に拘泥することなくいろんな領域に学業を遺した人です。

政治、経済、宗教、倫理など社会の諸問題に関し、おびただしい量の著作を出したのです。

知識人としてのあるべき姿を体現していた人だなあということを、この本を読んで実感しました。

1872年、イギリス生まれのバートランドラッセルは、ケンブリッジ大学に進んで、その大学時代にいろんな事柄を修めていったようです。

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ケンブリッジ大学

クリスチャンの家に生まれたラッセルは、少年時代に神への信仰をすてて「絶対的な安心立命のよりどころなどない」と悟ったようです。

そして、いろんな領域の文献が幼少のラッセルの貪欲な好奇心を満たしたと同時に、その姿勢がのちの彼の学問や社会に対するモラルの基本になったようです。


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バートランドラッセル

その基本モラルの内容について、以下観ていきたいと思います。

政治権力を、それ自体悪と見立てて,いかにそれを馴致し、その生ずる害毒を可能な最小限度に抑えることが出来るかということが当時のマスコミや学界の中心課題であったようです。

しかし、社会を構成するものは、政治権力のみならず経済権力などいろんな権力が存在します。

その特定の一形態のみに排他的に注目する理論は、どうしても一面性のそしりを免れることはできません。


その例として、伝統的な政治諸理論やマルキストの理論をあげることが出来るでしょう。

ですから、いろんな領域に目を向けて学んでいかなくてはいけないことは言うまでもありません。


もっとも価値の高いものは、本などに書いてある理論ではなく、われわれの内から発するものである、というようにラッセルはいっています。

たとえば、創造的な芸術や愛や幾多の思想を見ればいいでしょう。

倫理学説の根拠となるべきものが、知覚の諸事実ではなくわれわれの「情緒や感情」であるといっています。

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政治状態がこれらのものを創り出すことなどできないのはいうまでもないのです。

社会主義の国になれば、精神的なユートピアも出現するなどというのはまるで説得できない理論なのです。

これは、机上の理論を最優先に学んでいて、一応それなりに納得はできるけれども、それほどの確信が得れていない学者や学生に人には、目の覚める言葉ではないでしょうか?

ラッセルは、共産主義の究極の思想には深く共鳴しつつも、現実の共産主義者の行動に見られるメシア的狂信、信条の忠誠のためには個人の幸福をも省みないその宗教的偏執に本能的な危惧を抱いていたのです。


実際の歴史を観察すれば、その通りでしょう。

レーニンや彼の初期の仲間たちが人類のために尽くそうと思って行動したが、心理学や政治理論の誤りのために、天国のかわりに地獄を社会主義国に湧現させてしまったのです。


彼が生前に交流していたり影響を受けた知識人として、ウィリアムジェイムズ、ジョンデューイ、バーナードハート(心理学)、ホワイトヘッド、ペアーノ(数学、論理学)、ブール、シュレーダー、パース、ホイットマンなど多岐にわたります。

1つの学問の専門に拘泥することなくいろんな領域に入ることで、多面的に見ていくことが出来るのですね。

それは私も日々実感していることです。

こういったいろんな領域から得た情報というものが、彼の人格を形成し、「オプティミズムと合理主義」がラッセルの二本柱になったようです。

事の打開に対して決して悲観することなく、そして目的達成のためにはもっとも適した手段を冷静に慎重に選択をしていく、ということですね。

これは私もこれからの人生で実行していきたいモラルであります。

事の打開のためには、この信仰さえあれば必ず解決する、などという本末転倒な宗教的言葉には耳を向ける気にはなれません(笑)。

大人になってもそんなおとぎ話みたいな話を信じている人がいるから私に信じれません(笑)。

ラッセルの例を見てもわかるように、人間とは成長する過程で、本や雑誌、人との会話、無意識に見たり聞こえてくる様々な情報によって形成されるはずなのです。


その内容は、人によって千差万別、決して他の人と同一のものであるはずはなく、世界で唯一無二のものであるはずです。

ですから、自分が某宗教団体に属していても、その宗教団体が推す政党を支持したいと思うか思わないかは人によって違ってくるはずです。

しかし、人はひとたび宗教団体に入ってしまうと、その宗教団体の支持する団体を無批判に支持してしまうようになってしまうのがほとんどですから頭をかしげざるを得ません。

そして、その政党に投票すると、そのことについてその宗教団体の人たちから褒められて、それでいい気になってしまい、また同じ行動をするようになってしまうからおかしいですね(笑)。

それをおかしいと感じた人は、その考えを矯正して、自分の心の内から信ずる政党を選ぶようにしましょう。

そして、その政党が言っていることだけでなく、いろんな文献をよんで、ラッセルのように、事の打開のためにはもっとも適した手段を冷静に慎重に選択をしていくという姿勢をしていくことをお勧めします。


またラッセルから学ぶべき点として、自分がわからないことは「わからない」とはっきりと公言し、論争相手の批判のうちで正しいと思われるものを虚心坦懐に取り入れ、自らの旧説を次々に改めていった、ということですね。

そして、本来は難しい事柄も、卑俗化し歪曲することなく、平明で流麗な筆致で表現する異常な才能を兼備する知識人であったことです。


ラッセルのようにいろんな領域に通じている人を、よく哲学者という言い方がなされることがあります。

哲学とは、人間社会の根本原理について述べ伝える人である、ということが言われますが、そのように根本原理について述べれるためには、いろんな領域について精通していなくてはいけないことは間違いありません。

しかし、その哲学者といわれる人の中には、非常に難しい言い回しや表現をする人がいて、その人たちの本を読むと、難解過ぎて読めない者も少なくありません。

ドイツではハイデッガー、そして日本では廣松渉など、およそ哲学者と呼ばれる人の本を読むとまるで意味が分からない場合があります。

しかし、ことラッセルの場合については、そういうことが全くありません。

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平易な文章表現をすることによって読み手はその内容について、また人間社会の根本原理について理解し、人生を切り開くことが出来るのであって、難しい表現を使う哲学者が果たして「哲学者」と呼ぶべきなのか疑問に思います。

確かに、ことによっては難しい表現を使い、読み手に対して深く考えさせる作業を使役させることは必要な部分はあります。

しかし、そういう場合ならともかく、そういう場面以外で不必要に難解な表現を使うのはどうかと思わざるを得ないですね、私は。

しかし、ことラッセルに関しては、そういう場面がないために、とっつきやすさがあったことも彼の魅力の1つであったことに間違いはありません。

そして、ラッセルの偉業として挙げれるのは、平和運動や原水爆禁止のために運動を活発にしてきた、ということがあげれるでしょう。

教育を中軸とする合理的な改革方法によって少しずつでも人類の不幸を緩和していこうという態度が、彼のモラルの中軸としてみることが出来ます。

興味深い彼の教育に関する言述を以下に引用したいと思います。

「専制政治のあるところではどこでも少年が思考能力を得る以前に、一連の信条が彼らの心につぎ込まれるのであるが、その教え方が非常に連続的で執拗なので少年たちはのちになっても初期の教育の催眠術的な効果から逃れることが出来なくなってしまう。」

非常に示唆的である文であると、自分のこれまでの経験を踏まえると思わざるえませんでした。

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これは専制政治のあるところでけでなく宗教のある家も同じですね。

親がその宗教にぞっこんになってしまっていると、その子供も無批判に信仰してしまうのです。

その内容が本当に真理であると深く吟味しないでいずにはいられない私にとっては非常に不思議ですが、やはりそういうのは大きな傾向としてあるのですね。

その政治の状態や、その宗教の内容が客観的な研究を踏まえて正しいと判断されるのならば話は別ですが、その内容が誤っている場合は非常に危険ですらあります。


かつての社会主義国家では、この体制こそが正しいのだと、上からの政府の教育として幼少の子供たちになされていたというから驚きです。

それが正しいのなら話は別ですが、現実は社会主義は虚構にすぎなかったのです。

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幼少のころからそういった教育をなされていた人たちにそのことを覚せいさせるには、かなりの時間がかかったのです。

このことからも、教育の重要性というものはわかるはずです。

ラッセルの、戦後世界の構想や世界政府、軍縮などについて書かれた本は十指余りになります。


「戦争の原因は一面において人間の性質に求められるが、人間の性質は不変のものでなく、教育によって相当根本的に変えることが出来る。」


このラッセルの言は、私がいろんな本を読み、いろんなことを体験してきた結果でたモラルと一致しています。

戦争に対する強い憎悪他方では教育その他の啓蒙手段による人間行動の合理的に戦争を終局的に回避する可能性への信仰を忘れなかったのです。

そのため、彼は1950年にノーベル文学賞を受賞してもそれだけにあきたらず、高齢になってもヨーロッパ諸国やアメリカ、オセアニアにも赴きいろんな知識を吸収することを怠らなかったのです。

ラッセルは普通に結婚し、多くの友人に囲まれ、つねにいろんな本を読み、いろんな国を旅行して知識を吸収し、人と語り、自分の考えを矯正し多くの著作を出し続けていました。


こんな態度こそ、知識人としてあるべき姿であると思います。

私もこれからラッセルの態度を学んで、それを生涯実行していきたいと思いました。

そんなラッセルについてさらに奥深くなまんでいきたいと思った人は以下の本からどうぞ!
  ↓


ラッセル





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