岡部達味『日中関係の過去と将来』

yuka.jpg

日本と中国の外交史について著者の頭の枠組をもって俯瞰し、その歴史から意義を見出し、未来を論じたものである。


日本と中国は、各国の思想文化、歴史認識、また元首のイデオロギーによって齟齬をきたしていたので、政策の選択肢が終始首尾一貫性していないのである。

ゆえに中国の内奥についての研究が不可欠なのがわかる。

外交という場においては、他国の文化については全部を相手が了解しているわけではなく、各国の外交に携わる人は、ずけずけモノを言わなくてはいけない。

日本のように、自分のことを相手がわかってくれるだろうという文化で育った場合、外交の場でも沈黙しがちだが、国際政治の場ではそれは通用しないので、ドンドンとモノを言わなくてはいけないのがわかる。

それは私が、海外で旅行した時にも体感したものである。

しかし、外交はひたすら相手の言うことを飲むわけでもなければ、こちらの言うことのみを通らせることでもない。

一番大事なことは、自国の利害を最優先に考慮したうえで、相手の側に立って、最大限の考慮をして、最良の道を選択していくことであろう。


外交の場は、互いの国のエゴの衝突の場であるが、双方が自己主張だけしていては、前に進まない。

であるならば、互いが相手側の立場を理解していく作業をしていかなくてはいけない。

そういった作業によって初めて円満な政治的決定を下すことが出来るのだ。


そのためには、相手国の歴史、文化、思想といった様々なものについて外交に携わる人間が学んでいくことであろう。

また、これからそういったことに関係のない民間人も、学んでいく必要があるだろう。

これから、各国との交流の場は増えていくし、外国人との交流も増えていくであろうことは間違いない。

これは、貿易を筆頭に、日本がいろんな国との相互依存関係になっていくということだけではない。

ヒューマニズムに則った理論を私は展開したいからである。

しかし、こと「国際政治」ということになると、民間人の興味を喚起しづらい。

頭ではなんとなく、観念的に、「国際交流、国際的相互理解は大事である」とはわかるが、直接外交員のような仕事に携わる人でない限り、自分の生活と関係のある重大事として
認識しづらい。

例えば、相手国の理解をしろ勉強をしろ、と言われても興味を喚起しづらいが、自分の近くの空き地に、もしも「原発をつくることが決定」という告知を政府からされたら、だれもが一気にセンセーショナルな反応を示すだろう。

国際関係論にはこういった障害が始めから横たわっている。

しかし、それで終ってしまっては、単なる敗北主義でしかない。

それでも私は前に進んでいきたい。

自国と他国との関係について新聞、テレビ、雑誌、ラジオ、ネットに出される情報は、一般的に情報を発信する人の恣意的な意図により一部しか報道されないという弊害があるが、そういった情報だけで、「全部」と解釈してしまうことには注意が必要である。

誤った理論を展開してしまう弊害が出現するからだ。

そうならないためには、多くの書物を読んで、その他いろんな情報を得て自分に確固かるバックグランドを脳内に築き、枠組みを作り、その情報に対処していかなくてはいけない必要性をこの本を読んで感じた。

この本は、日本と中国の外交史についての歴史の要旨の解釈論であるが、こと中国とのみならず他の国との交流のためにも役に立つであろうことは間違いない。  



モバイルのかたはこちらかどうぞ!
  ↓
日中関係の過去と将来―誤解を超えて (岩波現代文庫)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック